サハリン

初めてのユジノサハリンスク観光

栄光広場

Площадь Славы

ユジノサハリンスク駅から東へ約2.3km、ガガーリン公園の南側に位置する栄光(スラヴィ)広場は、1945年の対日戦争で戦死したソ連兵の記念施設として1980年に整備された。この場所は日本統治時代に存在した樺太神社の参道入口にあたり、そのような歴史的背景も考慮してこの場所を選定したのであろう。毎年5月9日(ロシアの戦勝記念日)と9月2日(ロシアの終戦記念日)にはこの広場を中心に軍事パレードや各種イベントが行われる。

かつての神社参道にあたる階段を上がった先には、ソ連時代の戦車や大砲が展示されている。


勝利広場

栄光広場から広々としたGorky通りを南へ歩くこと約1km。Pobedy通りを見渡す勝利広場(Площадь Победы)は栄光広場に先立って1975年5月6日に名付けられた。2010年代半ばまではソ連の戦車T-34が台座上に展示されているのみであったが、その後に周辺の整備が進み、博物館群やハリストス生誕大聖堂を含む複合施設として、市内随一の近代的な広場に生まれ変わった。

広場の正面にはソ連時代の戦争の歴史を展示する博物館「勝利(Победа)」が、その威厳を誇示しているように建っているのだが、この施設だけはどういうわけか、日露双方のガイドブックだけでなく、現地の観光パンフレットにも掲載されていない。一体どんな展示があるのだろうと入館してみる。

入口には金属探知機や手荷物検査場があり、何とも言えぬ緊張感がある。だが、その場にいた女性の受付係は随分とフレンドリーだった。

展示の解説はすべてロシア語で書かれており、少なくとも対外的な内容でないのは明白だが、生々しい戦闘や流血シーンを再現したようなものはなく、日本統治時代からソ連占領下に至るまでの白黒写真が数多く展示されている。それにしても中央が吹き抜けになったこの博物館は規模こそ大きいものの、それぞれの展示室が硬い扉で仕切られており、内部の導線が非常に分かりにくい。ここを訪れていた家族が「2階の展示室はどこにあるの?」と係員に尋ねていたほどだ。

なお、建物の屋上は一般に開放されており、Pobedy大通りを一望できる。

戦勝広場からロータリーを挟んだ反対側には、白と青のレゴブロックを積み重ねたような建物があり、英語で「SENSO」と大きく書かれたミュージックバーの看板が掲げられている。ロシア語の表記もあり、直訳すると「赤ワイン用のぶどう(サンソー)」になるのだが、それが店の名前の由来になったとは考えにくく、日本人からすれば、「戦争」を想起するのが自然であろう。戦争の歴史を展示する博物館と「SENSO」ミュージックバーが相対しているのは、単なる偶然ではないような気がする。


ハリストス生誕大聖堂

勝利広場の隣には天然資源で潤う現代のサハリンを象徴する、極東最大のハリストス生誕大聖堂(Кафедральный собор Рождества Христова)が建つ。鮮やかな金色と青色の玉ねぎ型ドームを頂いたこの正教会は2012年から建設が始まり、2016年に一応の完成を見たが、その後の修復作業が長引いているようで、2018年時点でも建物の背後ではクレーン車が動いていた。

金色と青色を基調とした真新しい大聖堂の内部には、高々とした吹き抜けの天井まで壁一面にイコン画が描かれており、ここがサハリンであることをふと忘れてしまいそうだ。


山の空気展望台

ハリストス生誕大聖堂まで来たら、背後の陸上競技場に隣接するゴンドラ乗り場でチケットを購入し、標高600mの高台「山の空気展望台: ゴールヌィ・ヴォズドゥフ」(Горный Воздух)まで足を伸ばそう。

中腹、あるいは頂上の展望台からは平原に広がるユジノサハリンスクの街並みを一望できる。夏場はハイキングスポット、冬季はロシア極東随一のスキー場として賑わう。なお、オフシーズンは週末でもゴンドラが稼働していない日がある。


勝利広場からの帰路

広々としたPobedy通りをまっすぐ下り、Lenina通り交差点を右折すると、ユジノサハリンスク駅前のレーニン広場まで約3km。沿道には日本食レストランやカフェテリア、スーパーマーケット、書店などが点在しているので、これらの場所に立ち寄りながらゆっくりと戻るとよいだろう。

ちょっと疲れてきたし、歩いて戻るのは正直億劫だなぁと感じたら、広場前のバス停(山側)から34番バスを利用すれば、チェーホフセンターとオクチャーブリ(映画館)を経て、美術館まで行くことができる。