サハリンの州都ユジノサハリンスク。日本統治時代(1905年〜1945年)に豊原と呼ばれていた樺太庁の中心地であり、札幌を模した碁盤目状の計画的な街づくりが行われた。第二次世界大戦後はソ連の社会主義的な街並みに造り替えられていったが、主要幹線道路を始めとした基本的な区画は現在に至るまで引き継がれ、新旧が混在するアパート群の合間に、日本統治時代の歴史的な建物や面影を見つけることができる。

ここでは中心街に現存する日本統治時代の主な歴史的な遺産をピックアップしてみた。中には現地の街並みにすっかり溶け込んでいて、一見すると判別が難しい建物、写真撮影がはばかられる雰囲気の場所、容易に発見できない物件もある。なお、私は歴史専門家や写真家ではないので、詳細については一部割愛した。


旧樺太庁博物館 (現サハリン州郷土博物館)

ユジノサハリンスクでもっともよく知られた日本統治時代の建築物で、駅前のレーニン広場からまっすぐ伸びるメインストリートを歩いた先の右手に位置する。日本人建築家の貝塚良雄が設計し、1937年に樺太庁博物館として開館した。城郭風の戴冠様式が大きな特徴で、鬼瓦の屋根や六葉などの装飾が施され、玄関口には樺太護国神社時代の狛犬2頭が左右に鎮座している。建物を取り囲む庭には日本統治時代の奉安殿、旧日本軍の戦車や大砲などを展示。こちらは無料で見学できる。

館内の基本的な構造は日本統治時代から大きく変わっていないようだ。ただし、格天井が目を引く2階中央部の旧貴賓室など、知識がないと、当時と現状を比較するのが難しい場所が多々あるので、国立国会図書館デジタルコレクションにある樺太庁博物館の館内図が掲載された資料を前もって確認しておくとよいかもしれない。もうひとつ、あまり注目されていないようだが、竣工当時から同位置にある2階のトイレも昔のままといった雰囲気で、一見の価値があると思う。

Address Kommunisticheskiy Avenue 39


旧拓銀豊原支店 (現サハリン州美術館)

この街を代表するもうひとつの日本統治時代の建築物。駅前から北へ伸びるメインストリートを歩いて数分の場所にあり、北海道拓殖銀行豊原支店として建てられ(建築年は文献によって1930年代、1929年、1935年と幅がある)、現在は州の美術館として利用されている。外観は当時の金融機関建築で流行していた新古典主義建築のヨーロッパ調で、同様の建築は同年代に竣工した帯広の十勝信用組合本店でも見られる。

かつて銀行の窓口だった吹き抜けは企画展の展示会場として活用。コンサート会場としても使われているようで、2度目に訪れた時にはピアノの調律師が音色を奏でていた。

Address Lenina St. 137


旧豊原町役場

駅前のレーニン広場からメインストリートを東へ徒歩数分。2つ目の交差点の右角に見える、2階建てのダークブラウンの建物で、現在は旅行会社などが入る。

入口にある円形の車寄せ部分(現在は木々が生茂り、数点の石が配されている)は豊原町役場の古い写真で確認することができる。また、車寄せ左手の木陰には日本統治時代に建てられたという胸像の台形型の基礎が残っている(かなり注意深く観察しないと分からない)。

Address Kommunisticheskiy Avenue 41


赤レンガ倉庫群

駅から線路に沿って北へ少し歩くと、鉄道歴史博物館の屋外展示広場付近に3棟の赤レンガ造りの倉庫が建ち並んでいる。

Address Vokzal’naya Street 55


豊原公園と王子ヶ池

中心街の東側に広がる現在のガガーリン公園は、日本統治時代に王子製紙が豊原公園として整備したもの。

貯水池だった王子ヶ池(現在のヴェルフェネ湖)の畔から吊り橋を渡った先には王子ヶ池の石碑が立つ。園内の樹木にも当時の面影が残っているようだ。


樺太神社跡

1911年から1945年まで存在した樺太神社。当時の地図と現在を見比べると、1980年に整備された栄光広場付近から本殿まで参道が続いていたらしい。広場の正面右手から高台へと延びる階段とかつての参道は位置的には一致しており、それとなく当時の面影が垣間見られる。階段の終端部に展示されている戦車の先(現在は洋館が建っているあたり)に本殿があったという。なお、この洋館の背後にある宝物殿風の小さな建物は模擬建築で、日本統治時代のものではない。


樺太護国神社跡

かつての樺太神社の南側、現在の市立病院の裏手付近には樺太護国神社が存在していた。現在は基礎部分のみが残っているとのことだが、アプローチが分かりにくい(スキー場へと続く坂道の右手から行くことができるようだが、訪問当時は道路工事中だった)。一応、現地の観光パンフレットにも記載されている。

Address Antiknova Street 1a


旧樺太庁会議室

州政府庁舎の正面から見て左手向かい側、Kommunisticheskiy通りとDzerzhinskogo通りの交差点付近に立地。この建物も貝塚良雄の設計で、上部に曲線を描いた窓を持つ。その隣には日本統治時代に建てられたと思われる三角屋根の蔵が建つ(メインストリートを歩くと、この建物が目印になる)。

Address Dzerzhinskogo Street 30


旧樺太守備隊司令官官舎

前述の旧樺太庁会議室からDzerzhinskogo通りを北へ約500m。木造2階建ての洋館で、現在は軍事裁判書として利用。アパートに囲まれているため、気付かずに通り過ぎてしまいそうな雰囲気。

Address Nevelskaya Street 44a


旧樺太庁豊原病院

旧豊原町役場からChekhova通りを南へ約400m。現在は軍の病院として使用されており、正面口には守衛が立つ。

Address Chekhova Street 41k2


旧王子製紙豊原工場

中心街の北に位置しており、現在は自動車などの修理工場となっている。コンクリートの塔が目印。工場北側の引き込み線跡は航空写真で確認できる。

Address Bumazhnaya Street 26


日本様式の広場跡地

サハリン州美術館から延びる遊歩道を進んだ先、5番学校の敷地グラウンドにはかつて日本風の広場があったという。現在も当時の面影を残しているそうだが、そう言われなければ、まず分からないだろう。Nevelskovo通りの西端。


日本様式の道路橋

中心街から踏切を渡ってSakhalinskaya通りを西へ約1km。ヤコリというホテルのすぐ横を流れるススヤ川(旧鈴谷川)に架かる現役の道路橋。日本統治時代に造られたことはほとんど知られていないようだが、コンクリート製の親柱が現存しており、ユジノサハリンスクからホルムスク、ネベリスク、アニワ方面へ向かうバスは必ずこの橋を通るので、車窓から見ておきたい。

また、中心街からLenina通りを北へ約1km進んだ先にも、メインストリートに並行してロガトガ川(旧玉川)に架かる日本統治時代の小さな道路橋がある。