ロシア鉄道

ハバロフスク州 夜行列車青年号乗車記

これから乗車するのは、ハバロフスクI駅を22時ちょうどに発車するコムソモリスク・ナ・アムーレ行きの夜行列車「青年号 (Юность)」。388キロの鉄路を約9時間かけて走る。

興味深いことに、青年号の走行距離は、札幌から稚内までの鉄路396キロとほぼ同じ。都市間バスに至っては、どちらも最速5時間50分だ。

ハバロフスクとコムソモリスク・ナ・アムーレ(以下、コムソモリスク)を結ぶロシア国鉄の旅客列車は、昼行と夜行が各1本ずつの合わせて1日2往復。

この区間では約1時間おきに走る都市間バス(夜行便もある)のほうが圧倒的に本数が多く、かつ所要時間も短い。需要面では鉄道よりもバスの方が優位に立っているように思われるが、バスと競合するこの区間で、いったいどのくらいの人が夜行列車を利用するのか、乗ってみなければ分からない。


寝台の予約から乗車まで

ハバロフスク駅の地下で昼間に預けた手荷物を受け取り、改札の案内まで、隣接する待合室でしばし過ごす。駅窓口は午後9時過ぎの時点で既にブラインドが下されており、乗車直前に切符を買い求めることはできないようだ。

私は3日前にロシア国鉄のアプリで2等寝台(2270ルーブル)の予約を入れておいた。このスマートフォン向けアプリは、オンラインで列車の座席指定から決済までが可能なサービス。駅の窓口に赴いてチケットを受け取る必要がなく、予約画面(iPhoneのWalletなどに保存可能)を、駅のプラットホームでパスポートと共に車掌氏に提示すればよいだけである。

現地ではまだ普及していないようで、プラットホームに並んでいた乗客は私以外全員、紙のチケットを手にしていた。

眼鏡をかけた中年の女性車掌氏は、寝台列車の乗降口でWalletの予約画面を確認したのち、手元の携帯端末をピピッと操作。すんなりと手続きが完了した。非常に合理的かつ便利なものである。

「よし、これで無事にコムソモリスクに行けるぞ」

と、ちょっとした高揚感を抑えながら寝台列車に乗り込んだ。

「クペー」と呼ばれる2等寝台は4人用コンパートメント。2段ベッドが備わり、下段よりも上段の方が500ルーブルほど安い。各ベッドを仕切るカーテンはなく、荷物は下段の座席の下、あるいは上段の収納スペースに入れることができる。充電用コンセントは下段のみで上段では見当たらず、その代わりに通路の壁に何箇所か設置してあった。

400キロ弱の距離で完結する夜行列車は、広大なロシア全体を見回しても短距離の方に属すると思われる。かつて上野と金沢を結んでいた日本最短距離の寝台特急「北陸」でさえ、走行距離は青年号よりも130キロ近く長い、517キロだった。

それでも3等寝台(プラッツカルタ)やリクライニングシートの座席車を含む15両編成の車内は満席に近いようで、私が過ごすコンパートメントには男女それぞれひとりずつが座った。他のコンパートメントのグループからは、さっそく賑やかな笑い声が聞こえてくる。

この列車には最上位クラスとして、約5000ルーブルの1等寝台(リュクス)が連結されている。この短距離でいったいどのような人が贅沢な一夜を過ごすのか、興味が湧くところだ。


コムソモリスクへの旅路

22時ちょうど、夜行列車はハバロフスク駅を出発。減光していた車内が一旦明るくなり、車掌氏が再度検札にやってきた。列車は程なくして市街地を抜けてハバロフスク橋に差し掛かり、アムール川の対岸に見える街明かりがゆっくりと過ぎ去っていく。

「あれ?北へ向かうはずの夜行列車が、シベリア鉄道を西へ向かって走っている…」

そう、ハバロフスクからコムソモリスクへ向かう鉄路は、アムール川を越えて一度ユダヤ自治州に入るのだ。そして、シベリア鉄道を西へ35キロほど進み、ヴォロチャーエフカII駅(本線から北へやや外れた場所にある)で停車。

ここでシベリア鉄道と分かれてヴォロチャーエフカ・ジョムギ鉄道に入り、進路を北に変えたのち、トゥングスカ川を渡って、再びハバロフスク州に入るという、やや変則的なルートを辿っている。沿線は大半が湿地帯や丘陵部で、コムソモリスクの手前まで都市型集落は極めて少ない。中には信号場さながらの無人地帯に設けられた駅もある。

そのうちに消灯の時刻となり、ベッドの上段で横になる。

日本では新幹線や夜行高速バスの台頭などで、定期寝台列車は東京と高松、および出雲市を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」を残して姿を消したが、ロシアでは夜行列車が数多く走っているだけでなく、移動する文化が今も根付いている。特にこの区間はバスと競合しているにも関わらずだ。

少なくとも1980年代後半までは、日本も津々浦々を網羅する夜行列車大国だったはずだが、数を減らし続けていった結果、現在は観光を目的とした不定期運行の「クルーズトレイン」に変化してしまった。本来の庶民的な夜行列車と、どちらかと言えば富裕層向けのクルーズトレインは、全くもって別のものである。

時代と価値観の変化には抗えないものだが、日本の夜行列車を取り巻く環境の変化には一抹の寂しさを感じざるを得ない。

そういう意味では、夜行列車に乗るためにロシアを旅する価値は十二分にある。


翌朝

たっぷりと7時間近くは熟睡しただろうか、午前6時ごろに目が覚めた。時刻表によれば、この夜行列車は深夜も15~30分おきに各駅に止まっていたのだが、全く気づかなかった。やはりロシア国鉄の夜行列車は快適だ。

車窓に見える冬枯れ色の原野と、葉が落ちかけた森の風景は単調で寒々しく、トイレに行ったのち、もう一眠りする。

再び目覚め、身支度を整えて通路に出ると、どんよりとした曇り空の下に、巨大でくすんだアパート群が平原の向こうに見え始めた。コムソモリスクがソ連時代に建設された新しい都市であることは知っていたが、まるで社会主義時代の末期をそのまま体現しているかのようで、

「これが、今まで訪れることを夢見ていたコムソモリスク・ナ・アムーレなのか…」

と黙り込んでしまいそうなほど、どこか陰鬱な第一印象である。しかしそれは杞憂に過ぎなかった。

午前7時19分、終点のコムソモリスク・ナ・アムーレに到着した。


コムソモリスク・ナ・アムーレ駅

駅舎は帰路の夜に撮影したもの。

コムソモリスク・ナ・アムーレ駅はバイカル・アムール(バム)鉄道と、ヴォロチャーエフカ・ジョムギ鉄道の接続するターミナル駅。前述の青年号ハバロフスク行きをはじめ、ウラジオストク行き、バム鉄道を西へ進むティンダ行きと、東へ進むソヴィエツカヤ・ガヴァニ行き(ワニノ経由)の各夜行列車が発着する。近郊列車の運行はない。

インターネット上の検索結果を見る限り、コムソモリスクを訪れる日本人旅行者はごくわずか。しかもそのほとんどは市内をさして見ずに、夜行列車でさっさと通過してしまうようだ。

バム鉄道の主要なターミナルのひとつではあるが、駅舎は小ぶりで、プラットホームは意外にも2面3線しかない。現地在住のアレックス曰く、かつては酔っ払いがたむろするような場所だったそうだが、現在は一掃されて各所に警察官が立っており、待合室も綺麗になって、安全が保たれているそうだ。食べ物や飲み物の自動販売機もある。

駅の窓口は夜間、少なくともハバロフスク行きの夜行列車が発車する数十分前には、その日の営業を終えている。空席がまだあるからといって、列車の発車直前にチケットを買うことはできないので、そこは要注意である。

また、ガイドブックによれば、駅舎内に仮眠室があるはずなのだが、そのような案内表示は見当たらない。その代わり、待合室に隣接するビジネスラウンジ(夜間は営業していない)を確認できた。この駅を発着する夜行列車は朝、そして夕方から夜までに限られており、しかも毎日運行なので、駅で一夜を過ごす理由はないのである。

コムソモリスク駅は市街地の北に位置しており、駅前にはソ連時代の典型的なアパートが連なる。駅前広場の「コムソモリスク・ナ・アムーレ」と書かれた大きな噴水は、夏場の天気が良い週末にだけ稼動しているといい、ライトアップもされるという。


駅から中心街へのアクセス

コムソモリスク駅から中心街のドラマシアターまでは、ペルヴォストロイテルイ通りをまっすぐ2.2キロ進む。そこからアムール川河畔まではさらに1.5キロ。歩いていくこともできるが、距離が結構あるので、バスまたはタクシーの利用をおすすめしたい。

駅前広場からは中心街へ向かう17番バスが15分おきに出ており、ドラマシアターや青年広場、博物館を経て、アムール川河畔のバスターミナル(Автовокзал)まで運行されている。

なお、駅舎の横から運行されていたトラムは2018年10月に廃止された。