シベリア鉄道のビロビジャン駅から今晩乗車するのは、ハバロフスク始発のブラゴヴェシチェンスク行き夜行列車(035ЭА)。午後9時過ぎ、待合室やホームには夜行列車の入線を待つ人々がにわかに集まってきた。薄暗いホームに立つと、遠くに電気機関車の灯火がゆらゆらと見え、ゆっくりとした足取りで駅へと向かってくる。さて、今宵はどんな一夜になるだろうか。

15両編成の長大な夜行列車が駅に入ってくると、寝台車に挟み込まれる形で連結された食堂車が通り過ぎていく。ハバロフスクとブラゴヴェシチェンスクを結ぶ唯一の直通列車だけあって、充実したサービスを提供しているようだ。

私が乗車するのは12号車の3等寝台プラッツカルタ。まだ20代前半かと思われる好青年の車掌が乗務している。

ほぼ満席の車内はどこかへ遠征に行くと思われる子どもたちが大半を占めており、ベッドからこちらに向かって時折「こんばんは」と声が掛かってくる。この開放寝台ならではのアットホームな雰囲気、なかなか居心地が良い。

車内の片方は進行方向を向いた2人用寝台、もう片方にはベーシックな4人用の開放寝台が並ぶ。プラッツカルタの料金は2等寝台クペーの半額に近く、上段・下段寝台ともに同額である。私は4人用寝台の下段を使う。各ベッドの区画には220ボルトのコンセントとUSBポートのいずれかが設置されており、モバイルバッテリーの充電には事欠かない。

午後9時22分にビロビジャンを出発。

車掌室で炭酸入りのミネラルウォーターを購入し、ベッドに入る。車内が減光されると、賑やかだった子どもたち声も徐々に落ち着いてきた。沿線は人口希薄地帯で、たまに停車する駅を除いて車窓は漆黒の闇が包む。

深夜の車内は静寂そのもので、たまにトイレに行く人がいる程度。会話はまったくなく、大きないびきさえ聞こえてこない。程良い揺れと線路のジョイント音が眠りを誘う。

翌朝。どこかの駅に止まっており、寝ぼけ眼で時計の針に目をやると、時刻は午前5時45分ごろを示している。ターミナル駅らしい雰囲気からして、ここはシベリア鉄道の支線が分岐するベロゴルスク(Белогорск)のようだ。ここでは電気機関車からディーゼル機関車への付け替え作業に加えて進行方向が変わるため、1時間ほど停車する。

ベロゴルスクは人口約6万5千人を擁するアムール州南部の地方都市。ハバロフスク州(およびユダヤ自治州)とアムール州の間では1時間の時差があるので、時計の針を1時間戻す。考えようによってはもう1時間多く寝ることができる訳で、これはなかなか不思議な感覚だ。

ベロゴルスクとブラゴヴェシチェンスクを結ぶ旅客列車は、シベリア鉄道と直通運転を行う夜行列車のみ。近郊列車(エレクトリーチカ)の設定はなく、日中は鉄道とほぼ並行して走る都市間バスが主な移動手段となっている。また、シベリア鉄道のブレヤ(Бурея)駅とブラゴベシチェンスクを結ぶ都市間バスもある。

午前5時50分ごろにベロゴルスクを出発。単線・非電化区間ながら線路規格は幹線そのもの。なかなか軽快な足取りで、乗り心地は良い。

この支線の全長は約110キロ。広大なロシア極東のほんの片隅ではあるが、この先がブラゴベシチェンスク行きの夜行列車における車窓のハイライトである。

午前6時10分過ぎ、地平線がオレンジ色に染まり始めた。アムール州は日本と同じタイムゾーン(GMT+9時間)で、9月下旬の日の出は九州付近より少し遅い程度だ。しばらくは線路と並行して鉄道防風林が続き、一部を除いて視界はあまり開けない。

ベレゾフスキー・ヴォストチヌイ(Березовский-Восточный)を過ぎると視界が開き始め、釧路湿原を思わせるような車窓が広がる。手付かずの大自然ではなく、農業開発でかなり人の手が入り込んでいるようだが、放棄されたような場所も多く、その多くは自然に還りつつある。

午前6時45分過ぎ、立ち込める朝靄の向こうに力強い太陽の光が差し込み始めた。今日は天気の良い一日になりそうだ。

程なくして列車は徐々に速度を落とし、ゼヤ川(Зея)を渡る。この川の全長は1242キロ、川幅は1キロに達し、ブラゴヴェシチェンスクでアムール川に注ぐ。鏡のように穏やかな水面と朝日に照らされた河畔の紅葉が美しい。

ゼヤ川の鉄橋を渡り終えると、線路はゼヤ川の下流に向かって南に向きを変える。鉄橋から見えた河畔の石英精製工場から数キロ南に位置するベロゴリエ(Белогорье)がこの列車の最後の停車駅。何人かの乗客が降りていく。

ブラゴヴェシチェンスクが近づくと、車窓にはゼヤ川の蒼々とした氾濫原が広がる。線路から本流までの距離は少なくとも5キロ以上あり、そのスケールは実に大陸的だ。

午前7時28分、夜行列車はブラゴヴェシチェンスク(Благовещенск)に到着。澄み渡った秋空が広がるホームに降り立った。

ブラゴヴェシチェンスク駅はアムール河畔の中心街から北へ約3キロの場所に位置しており、駅前からまっすぐ伸びるオクチャーブリャ通りは河畔のレーニン広場まで続いている。歩くとかなり距離があるので、30番バスを利用するとよい。駅前で客待ちをしているタクシードライバーから声をかけられることもある(料金の目安は150ルーブルから)。