今回乗車するのはシベリア鉄道のハバロフスクとユダヤ自治州ビロビジャンを結ぶ近郊電車(通称エレクトリーチカ)。

私は前夜にコムソモリスク・ナ・アムーレから夜行列車「青年号」に乗車し、午前7時19分にハバロフスクに到着したところだ。

まずは駅地下の窓口に向かい、

「ビロビジャンまでエレクトリーチカのチケットを1枚ください」

と頼んだ。

すると、中年の女性駅員が電卓で「719」(この時の日本円換算で約1150円)の数字を示してきた。

これはウラジオストクからモスクワへ向かう寝台列車「ロシア号」の3等寝台(クペー)の料金である。シベリア鉄道を代表する「ロシア号」は、これから乗車するエレクトリーチカのすぐ後を走る続行列車。これは事前に知っていたのだが、私はハバロフスクからのエレクトリーチカがどんなものなのか乗ってみたかったので、改めて頼むと、今度は電卓で「530」(約850円)の数字を叩き出してきた。

おや?

ガイドブックの記事では、ハバロフスクからビロビジャンまでの近郊列車の運賃は片道350ルーブル(約560円)と書いてあったのだが、ここ数年で180ルーブルも値上がりしたようだ(あるいはここ数年、著者による調査が行われていなかった可能性もある)。

これだと、寝台列車に乗るのと料金的にはあまり変わらず、駅員が何も言わずにロシア号の3等寝台料金を最初に示してきたのも、私が外国人であることによる親切な気配りから来たのかもしれない。

早朝のハバロフスク駅ホーム

コムソモリスク・ナ・アムーレ発ハバロフスク行きの夜行列車「青年号」からエレクトリーチカに乗り継ぐ乗客も結構多く、彼らは単に「ビロビジャンまで」と駅員に伝えるだけで、長いレシートのようなチケットを受け取っている。

ところで、待合室に掲げられている近郊列車の時刻表を見ると、ハバロフスクとビロビジャンを結ぶエレクトリーチカの時刻が最近変わったらしく、ビロビジャンを午後1時過ぎに発車する設定がなくなり、午後は夕方6時過ぎの一本のみとなったようだ。この場合、エレクトリーチカでハバロフスクからビロビジャンへ日帰りをするには時間が余り過ぎ、帰路は寝台列車かバスを使うのがベターな選択と言える。

それにしても、ロシア極東の鉄道ネットワークはよくできていて、ハバロフスク発着のエレクトリーチカは、各方面との夜行列車と基本的に相互接続するようなダイヤが組まれている。


シベリア鉄道を西へ

ビロビジャン行きの近郊列車(エレクトリーチカ)

午前8時過ぎ、朝日がさんさんと差し込むホームへと向かう。

4両編成のエレクトリーチカにはサボのような行き先表示板が車体側面に見当たらないので、念のために運転台まで行って、ビロビジャン行きであることを確認する(なお、ハバロフスクから南へ向かうエレクトリーチカも複数ある)。

ハバロフスク駅に入線するモスクワ行き夜行列車「ロシア号」

そうしている間、ホームにはウラジオストク発モスクワ行きの寝台列車「ロシア号」が入ってきた。エレクトリーチカはハバロフスクで寝台列車からの接続を行ったのち、ここで数十分停車する寝台列車よりも先行して出発。ビロビジャンで再度、「ロシア号」に接続する。

両列車に所要時間に差はなく、料金の違いはすなわち、座席の違いに過ぎない。エレクトリーチカの車内は6人掛けの茶色いボックスシートが並ぶ近郊列車の典型的なスタイル。硬くて背もたれの低い近郊列車の座席に何時間も座るなら、駅員が提示してきた通り、寝台列車の方が格段に快適であろう。

午前8時18分、「ロシア号」を見送りつつ、エレクトリーチカはハバロフスクを出発。朝日に照らされた社会主義的な街並みを眺めつつ、長大なアムール川を渡ってユダヤ自治州に入った。西岸に位置するニコラエフカ(Николаевка)までは一部を除いて各駅に停車し、その後は快速運転となる。

ハバロフスクからビロビジャンまでの走行距離は172.6キロ(札幌から新得までの距離とほぼ同じ)。

コムソモリスク・ナ・アムーレへの路線が分岐するヴォロチャエフカ1(Волочаевка-1)は、1922年2月に内戦「ヴォロチャエフスキーの戦い」において赤軍と白軍の激戦地になったところ。駅の北東に位置する丘には記念碑が建ち(車内からもチラッと見える)、この戦いを描いたジオラマはビロビジャンとハバロフスクの両博物館に展示されている。

さて、ヴォロチャエフカを過ぎるとシベリア鉄道沿線の人里は稀になり、車窓には荒凉とした秋の大地が延々と広がる。沿線のじめじめとした湿地帯は耕作に適しておらず、駅周辺以外に人家は全くと言ってよいほど見当たらない。

ヴォロチャエフカ界隈の航空写真を見ると釧路湿原やサロベツ原野の植民区画よろしく、湿地帯には農業開発の痕跡がはっきりと見られるが、現在は大半が放棄されているようである。

木々が直線状に立ち並んでいる箇所はソ連時代に農場だった区画と推察される

この先の途中停車駅はイン(Ин)、アウル(Аур)、イクラ(Икура)という個性的な名前を持つ3駅。それ以外はあまり変わり映えのない大地が広がるのみだ。


ビロビジャン駅

左がハバロフスクから、右がオブルチエからそれぞれ到着したレクトリーチカ

エレクトリーチカは定刻より10分ほど遅れた午前10時37分、終点のビロビジャン(Биробиджан)に到着した。

隣のホームには別のエレクトリーチカが停車しているが、ユダヤ自治州の西端、アムール州との境界に位置するシベリア鉄道沿線の街、オブルチエ(Облучье)からやってきたようである。

時刻表によれば、ビロビジャンとオブルチエを結ぶエレクトリーチカは朝夕の1日2往復。所要は約3時間で、一部がハバロフスク発着のエレクトリーチカ、または長距離夜行列車と相互に接続するダイヤが組まれている。

ビロビジャンの線路側駅舎にはロシア語とイディッシュ語が併記されており、ここがユダヤ自治州の玄関口であることを実感する。気温計は9月下旬にして11度を示していた。