ブラゴベシチェンスクドライブ

前述した通り、ジーマの本業はタクシードライバーである。トヨタの中古車を改造した右ハンドルのタクシーに乗っており、主にタクシーアプリを利用する乗客を運んでいる。昼間の仕事の合間を縫って、彼のタクシーで市内の興味深い場所をいくつか案内してもらった。

交通信号機

ブラゴヴェシチェンスクの街なかを走っていて興味深いのは、ロシアっぽくない近代的な交通信号機である。

青信号、または赤信号の色が切り替わるまでの秒数がカウントダウン形式で大きく表示されるこのタイプの信号機は、ロシア極東の中でもアムール州やブラゴヴェシチェンスク独自のものと思われ(他の州ではまだ見かけたことがない)、ウェブなどを見ると、中国本土のものとほぼ同じ形のものを採用しているようだ。

非公式カジノ

ジーマ曰く、市内には中国人向けの非公式カジノが営業しているという。レンガ造りのこの建物がそのひとつだというが、中心街から多少離れているとはいえ、堂々とメインストリートに面しており、アリゲーター(ワニ)の看板まで掲げている。

(※最近になってWikipediaにもブラゴヴェシチェンスクにおけるカジノの記事が追加され、それによれば2000年代は市内に約20軒の店舗があり、「ロシアのラスベガス」とまで称されたという)

ロシア極東の合法的なカジノは2000年代まで主要都市に点在していたが、その後の法改正によって廃れ、現在はウラジオストク郊外に開発された特区に集約されている。

一部の中国人観光客がこの街で地下カジノにのめり込む動機は個人的には理解しかねるが、これも2020年初頭までの話。新型コロナウイルスの流行後、(本文の執筆時点で)ロシアは中国人観光客の入国を全面的に拒否しており、現在は営業継続が事実上不可能な状況に陥っているものと思われる。

青空市場

週末のレーニン広場は露店が立ち並ぶ青空市場となり、地元の人が持ち寄った野菜や果物、蜂蜜、樹液、ベリーなどが店先に並ぶ。

トウモロコシは貴重品なのだろうか。見た目はあまり良くなさそうだが、1本100ルーブル(訪問時の日本円換算で約160円)とは中々いい値段がする。

並べ方がなかなか上手い食用のベリーと木の実。話では聞いたことはあるが、このような木の実はいまだ食べたことがない。

ゼヤ川河口の夕景

夕方5時半過ぎ、その日の仕事を終えたジーマが最初に案内してくれたのが、アムールスカヤ通りの東端に位置するゼヤ川(Зея)。全長1242キロに及ぶアムール川随一の支流で、ここブラゴヴェシチェンスクでアムール川に注ぐ。対岸までの川幅は1キロ前後あり、この街ではアムール川の約2倍もの広さがある。

中国の街並みが間近に見渡せるアムール川のプロムナードも良いが、蕩々と流れゆくゼヤ川の情景も長閑で趣きがある。

近くにはロシア非常事態省管轄のギムス(ГИМС)があり、小型船舶の登録事務や水上パトロールなどを行なっているという。敷地内への出入りは自由で、地元の人の姿は結構あり、入口には大きな回転翼を取り付けた高速小型警備艇のモニュメントが配されている。

河畔にはテイクアウトした寿司のパックを広げているふたりの20代女性がおり、食前にスマホで寿司の写真を何度も撮っている。

ジーマは彼女たちに、

「彼(私のこと)は寿司の本場、日本から来ているんだよね」

と声をかけてみたものの、彼女たちはあまり興味がなさそうな様子。ブラゴヴェシチェンスクにやってくる日本人はかなり希少なのではと思うが、

「わぁ、そうなんですか。一緒に写真撮ってください」

などという希望観測的シチュエーションは個人的な幻想に過ぎず、そういうことは彼女たちにとってあまり関係ないらしい。

さて、アムールスカヤ通りからさらに数百メートル進み、ゼヤ川の船着場に沿って車を進めていくと道は行き止まりになった。ジーマ曰く、この先に黒河の街並みを見渡す絶景ポイントがあるらしい。

こんな場所でも釣り糸を垂らしている人の姿が

地図を見るとザトンスキー半島(Полуостров Затонский)とあり、ここからは踏み分け道のような起伏のある木立の中を進む。足元は不安定で、あちこちにゴミの塊が打ち捨てられていることに加え、すぐそばにある下水処理場の沈殿池を埋め尽くすヘドロから漂ってくる悪臭が凄まじく、中々の難行である。

しかし、半島の先端に出ると、この景色。

アムール川とゼヤ川の合流地点が眼前にあって川幅は極めて広く、夕日が照らす方向には中国の街並みが遠望できる。目の前には人気のない警備艇が静かに停泊しており、地元の人からすれば、おすすめしたくなるのも頷ける情景である。

ブラゴヴェシチェンスク郊外の夜景

次にジーマは夜景を見渡す高台に行こうということで、空港へ続くイグナチエフスコエ通りを西へ進む。沿道には新旧の大型高層アパートが建ち並び、右手にはアムール国立大学(АГУ)のキャンパスが広がる。

時刻は午後6時50分を回ったところ。道路沿いの高台に建つアルメニア料理店、その名も「パノラマ」のそばで車を止めた。彼曰く、ここがブラゴヴェシチェンスクの夜景を見渡せる場所なのだそうだが、正直言ってかなり微妙である。歴史的建物のライトアップや、アムール川河畔のプロムナードの夜景のほうが印象に残るように思うが、彼の心意気には感謝したい。

青色LEDでライトアップされたショッピングモール「Ледяной」。市内最大のホテル「アジア」の近くに建つ。


中国を見渡すアパート

ブラゴヴェシチェンスクで滞在したのはジーマが所有するアパートの一室。ソ連時代のアパートをリノベーションしたもので、監視カメラが各所に配置され、駐車場を含む団地敷地内に入るにも電子キーの認証が必要というセキュリティアパートである。部屋の間取りは随分と広々しており、普段は副業(アクセサリーの製作)の仕事場として使っているほか、一室を女子学生に貸し出している。

このアパートの自慢は窓越しに見える中国の景色。アムール川の中洲に築かれた遊園地や観覧車、その背後に建ち並ぶ高層ビルや工場群がよく見える。

アパートでの夕食兼朝食。アムール大学からさほど遠くない大型ショッピングモール「ペレクレストク」(ТРЦ Перекресток)に立ち寄ってもらい、ロシアならではの惣菜やバイカル湖のミネラルウォーターなどを購入した。

なお、このアパートの部屋はジーマの転居に伴って売りに出され、もう行くことはできない。


ブラゴヴェシチェンスク空港

最後にブラゴヴェシチェンスク空港について書き記しておきたい。この空港は中心街から北西へ約20キロの場所に立地しており、正式名をイグナチェヴォ空港(Аэропорт Игнатьево)と呼ぶ。ロシアの電子ビザ制度が適用される国際空港ではあるが、定期航空路線はモスクワやヤクーツク、ノヴォシビルスク、ウラジオストク、ユジノサハリンスクなどの国内線のみで、その他に中国や韓国への国際線が不定期に運航される。

公式ウェブサイト(www.amurair.ru)によれば、8番バスがイグナチェヴォ空港とブラゴヴェシチェンスク中心街の中央百貨店(Центральный универмаг)を所要40〜50分で結んでいる。運賃は片道27ルーブル(訪問時の日本円換算で約45円)。

私はジーマに頼んで、彼の友人が運転するタクシーを利用した。前払いの運賃は交渉の結果、350ルーブル(訪問当時の日本円換算で約560円)。中心街から空港までの所要時間は約30分であった。必要があれば、タクシーアプリを利用するとよいだろう。

余談ではあるが、実はこの日は昼過ぎまで郷土博物館をのんびり見学しており、飛行機のチェックインが午後3時25分で締め切られるのにも関わらず、彼のアパートで午後2時過ぎまで雑談をしながら過ごしていたのである。午後2時50分ごろ、無事に空港に着いた時は一安心した。

空港のターミナルビルは最近建て替えられたようで、シンプルかつモダンな雰囲気だ。セキュリティゲートをくぐり、オーロラ航空ウラジオストク行きの搭乗手続きを行う。

これで万事よし… ではない。

またまた私事ではあるが、実は今晩、ウラジオストクでどこに泊まるのか、全く決めていなかったのである。しかし運良く待合室では無料Wi-Fiが使えたので、アプリでウラジオストク駅から一番近そうなホステルを適当に見つけてすぐに予約。最後はやや慌ただしくなってしまったが、これで一安心である。

空港ターミナルにボーディングブリッジは設置されていないので、すぐ目の前にプロペラ機が止まっているにも関わらず、満員のシャトルバスで移動。通常であれば駐機場から滑走路に出るまでの間に安全講習が行われるが、そのような時間は取られず、動き出して1分も経たずに滑走路へ出ると、そのまま加速を始めてすぐに離陸した。

さようなら、ブラゴヴェシチェンスク。