旧アムール軍事総督邸宅

プロムナードに面する公園の一角に佇んでいるのは、帝政ロシア時代末期の1912年に建てられたアムール軍事総督邸宅(Дом военного губернатора Амурской области)。当時は知事公館のような役割を担っており、上流社会における社交の場だったそうだが、1917年の2月革命でその役割を終えた。

現在は「文化の家」(Городской Дом Культуры)となり、オーケストラやアンサンブルを公演する場として活用されている。


聖母マリア受胎告知聖堂

ブラゴヴェシチェンスクとはロシア語で「受胎告知の町」を意味しており、1858年に設立されたこの大聖堂(Кафедральный собор Благовещения Пресвятой Богородицы)が名前の由来となっている。1926年に火災で焼失したが、2003年に元と同じ場所に再建された。大聖堂の内部は至って現代的だ。入り口の台座に立つのは、ロシア帝国の東シベリア総督ムラヴィヨフ・アムールスキーと、彼の仲間である司教イノセントの銅像。彼らがブラゴヴェシチェンスクの創設者とされている。

大聖堂に隣接する木造の聖ニコラス協会(Свято-Никольская церковь)。

国境の街らしく、敷地内には1949年時点において中国各地に点在していたロシア正教会の位置を示した地図や、中国におけるロシア正教の現況を紹介するポスターが掲示してあった。ロシア正教会は特に地理的に近い中国北東部の鉄道沿線に多かったようだ。


レニナ通り

ブラゴベシチェンスクの大聖堂からアムール川に沿って市街地を東西に貫くメインストリートのレニナ通りに戻ろう。沿道に連なるレンガ造りの建物は大半が1890年代から1912年までに建てられたもので、現在の郷土博物館や教育大学など、帝政ロシア時代の建築様式を一度に見ることができる。


モニュメント

中心街にはいくつかのユニークなモニュメントや定番の銅像が点在する。

レニナ通りから大聖堂へ向かう途中にある雪娘の像(Памятник Снегурочка)。すなわち、街頭に立つアイスクリーム売りのバーブシカ(お祖母さん)を模ったものだ。昔は固形バターのようなパック詰めで売っていたらしい。冬でも屋外で歩きがてらアイスを食べるのはロシアの習慣なのだそうだが、ブラゴヴェシチェンスクは厳寒の地。真冬は日中でも最高気温が氷点下20度以下という日が続く。

アムール川のプロムナードに立つ国境警備隊の記念碑(Памятник пограничникам)。2007年の建立で、1920年代の隊員の姿をモチーフとしている。

プロムナードには1937年から河川用に建造されたアムール艦隊の装甲艦をそのまま保存したモニュメント(Памятник бронекатер проекта 1125)がある。同形式の装甲艦はアムール川流域で12隻も保存されているらしい。

お馴染みのレーニン像。中心街では美育センター前とアムール州政府庁舎前の2ヶ所で見られる。こちらは州政府庁舎前の像。ブラゴヴェシチェンスク駅からアムール川に向かって真っ直ぐ伸びるメインストリートはここが終点で、週末の夜は大勢の学生で賑わう。

木陰に隠れるようにしてひっそりと立つ美育センター前の銅像は随分と小ぶりだが、広場の写真付き看板を見ると、かつてはここに趣きのある大聖堂が建っていたらしい。ソ連時代に破壊され、結局この場所で再建されることはなかった。

ブラゴヴェシチェンスクの見どころは細かく見ていくと中々尽きることはないが、ここまでが中心街の主だったハイライトである。

この先では観光的ではない、ちょっとディープなブラゴヴェシチェンスクを見ていこう。

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